10 それぞれの真実 (下) 目覚めたとき、自分が一体どこにいるのか分からなかった。見たこともない部屋の見たこともないベッドに横たわっている。 「ここは・・・・?」 身体に異常があるような感じはしない。彼女はゆっくりと起き上がって、改めて周囲を見回した。 カザーブの村の近くでリアンに出会って、カンタダの住処という所に行って、荷物を返してもらうためにカンタダと勝負をして・・・・そして、どうして寝ていたんだろう。 ライアは立ち上がり、部屋の扉をそっと開け、外の様子を確認した。 「ライア、目が覚めた?」 隣の部屋で本を読んでいたリアンが振り返った。彼女の綺麗に切り揃えられた赤茶の髪が揺れ、翠玉色の瞳がライアの姿を映した。 「わたし、一体どうして・・・・?」 「兄貴と勝負をつけてすぐに倒れちゃったんだよ。ほら、夜通し歩いてきたりしたから。急に疲れが出たんじゃないの。」 「どのくらい寝ていた?」 「そうねぇ、2時間くらいだと思うよ。」 リアンは本を閉じ、ライアに近づいた。 「身体はどう?調子が悪いとかない??一応、外傷はなかったからさ、大丈夫だとは思うけど。」 ライアは首を横に振った。 「特にない、と思う。痛いところもないし。」 そう言って彼女は部屋を見回した。 「わたしの持ち物は?」 「あ、ここに全部揃ってるよ。」 リアンは棚の一つを指差した。それから別の棚から鎧を取り出す。 「ライアの鎧さ、随分年季が入ってるみたいだからこの新しいの使ったらどう?」 あたしの特製の宝石付きだよ、とリアンが微笑む。 「そうだね。もうかなりボロボロになってるね。」 ライアはありがたく鎧を受け取り、自分の体に合うように間接部分を調節し始めた。 「これもね、兄貴がどこからか取ってきた物なんだよ。」 その言葉にライアの手が止まった。明らかに困った表情をしている。この鎧を本当に受け取って良いものか?彼女の感情が簡単にその表情から読み取ることができる。 「大丈夫、人から盗んだんじゃないから。遺跡で拾ってきたものらしいよ。」 でもね、ライア。リアンが言葉を繋ぐ。 「盗むことすべてを否定したら、あたしたちは生きていけないんだよ。物を一度も盗んでいない人間がすべて悪人ではないように、物を盗んだことのある人間のすべてが悪人とは思って欲しくないな。」 2つの翠玉がまっすぐにライアを見据えた。その瞳をライアは見つめ返すことができなかった。自分の心に突き刺さるような言葉が彼女の瞳を揺らしていたのだ。 自分の気持ちの奥底で盗賊を悪と決め付けるもう一人の自分がいる・・・・。 カンタダはライアとの手合わせに使った斧を丹念に磨き、再び元の場所に戻そうとしていた。塔の最上階に当たるこの部屋は日当たりは良いが、その高さゆえに強い風が吹きつけるという難点がある。もちろんこの塔で一年を過ごすわけではなく、彼らは別の住処も用意してあるので寒さを心配する必要はない。 しかし、いつもに増して強く吹き付ける風に彼は懐かしさを覚えていた。 「ネクロゴンドが恋しい?」 その声に彼は振り返らない。それは、振り返らずとも声の主が誰なのか分かっているから。 「もう昔のことさ。」 「そうね、あれから何年になるかしら。」 「さぁな。俺は昔のことを気にしないからな。」 銀色の波が惜しげもなく風に散らされる。その波を気に掛けることなく彼女はカンタダに近づいた。 「ライアはどうだった?」 「いい素材だよ。あの細い身体から信じられない位の力を感じる。」 「さすが、勇者オルテガの娘ね。」 「このまま成長したらオルテガを越えるかもしれないな。」 カンタダは風の強い窓際を離れ、部屋の奥へと進んでいった。銀髪の女性はそんな彼を振り返って言う。 「きっと、ライアはオルテガを越えるわ。越えなくてはいけないもの。」 わたしたちの大切なあの方のために。彼女は塔の外の景色に目をやった。 「行くのか?」 「ええ、今あの娘に会ってしまうのは本意ではないの。」 薄く紅を引いた口元から『ルーラ』の呪文を唱える。風にさらわれるようにして彼女の身体は姿を消した。そして、カンタダもこの部屋を後にした。 一方、カザーブの村に残された双子とルディナはライアを探しにシャンパーニの塔に向かって出発していた。ライアと最後まで一緒にいたのがシャイラで、その頃は深夜と言えるほどの時間だった。それから夜が明けると彼女の部屋には簡単な書き置きが残されてあるだけで、本人の姿は既になかった、ということになる。その数時間の間にライアは本当に単身、カンタダに会いに行ってしまったのか。双子たちはそれを確かめるために随分遅れてしまってはいたが、シャンパーニの塔に向かうことになった。 「ねぇルディナ、カザーブからシャンパーニまでどのくらいかかる?」 「普通の旅行者が徒歩で行くとおおよそ6時間から8時間ほどと聞いていますわ。」 「ライアがあたしと離れてからすぐに出かけたとすると・・・・今朝には塔に着いているということになるか。あたしたちがカザーブを発ったのが午前中だったから・・・・。」 「わたくしたちが出かける時点で早ければもう着いている、ということになりますわ。」 「でも、どうしてライアは一人でカンタダに会いに行ったのかしら。一人でなくては行けない理由、それとも夜の間に何かあったのかしら?」 今まで一緒に旅をしてきて、ここまでライアが思い切ったことをすることがなかったので双子は少しばかり当惑していた。何かあっても、今までは必ず仲間である双子やロイセに相談したりしていた彼女が今回に限っては書き置きだけを残したまま行方が分からなくなってしまっている。 日は南の最も高い位置から僅かに西に移り始め、彼女たちの背中を照らしている。そして、その太陽の差す光の先に彼女たちは見慣れた人影を目にした。 「ライア!」 まず最初にシャイラが飛び出した。ライアも自分の方に向かってくる彼女に気付き、大きく手を振って応える。 「ごめんね、みんな。」 驚きと困惑の表情を露にして仲間たちに謝る。 「でも、無事で良かったわ。」 彼女には彼女の考えがあったのだから。シャイアはそう思っていた。もともと物事をきちんと考えて行動するライアのこと、きっと良かれと思ってやった結果に違いないはず。 続けて、ライアはルディナに向かい口を開いた。 「安心して、ルディナ。レブライトの荷物はカンタダが責任を持ってお返しする、と言っていました。」 「カンタダに会ったの!?」 ライアは頷き、言葉を繋ぐ。 「試合をして勝ったら荷物を返す、という約束をしたから。彼は約束を守る男だとわたしは思ってる。」 戦士でもあれだけの腕を持つ者はそうはいない。彼女もたった一度の手合わせであったが、彼の実力を十分に推し量ることができた。強い剣は強い心の元に。ライアが子供の頃から何度も剣技の先生に聞かされた言葉の意味が身を持って分かったような気さえしていた。 「その鎧もカンタダから譲り受けたものなの。人から盗んだものではないと言っていたから。」 リアンの言葉が頭を過ぎる。 「でも、カンタダは悪人ではないと思う。会ってそう実感した。」