4 白銀の盗賊 神が愛した銀。人が敬った銀。 精霊はその銀を身体に纏う。 人がそれを纏うのは許されざる禁忌。 畏れるあまり、人は銀を遠ざけんとする。 「わたしたちはアリアハン国王の勅命を受けて、あなたに命を預けなくてはならない。でも、その前にあなたの実力を知っておきたい。」 シャイラが鋭い視線をライアに向けた。彼女はその視線を真っ向から受けとめる。その黒い瞳には一点の曇りもない。優しげな顔立ちをしているが、その瞳の奥には揺るがない意志が秘められているようでもあった。 「綺麗な目をしているわ。わたしたちが思っている以上の人間かもしれないわね。」 姉のシャイアはそんなライアの横顔を見てつぶやいた。 「実力を知る・・・?どうするつもりなんですか?」 ロイセが双子に問いかける。その言葉に妹が口を開いた。 「わたしたちが護り手になる前に、修行の地としてよく通った場所がある。そこに一緒に行ってもらう。」 「あなたたちの戦いぶりをよく見せてもらうわ。」 ライアの表情は変わらない。1年も旅立ちを待たされた彼女にとって、この程度の寄り道など大した問題ではない。むしろ、実践の場を与えられたことに喜びさえも感じていた。 「それで、その場所とは?」 「村の南にある遺跡よ。それほど広くないけれどね。」 レーベ付近の地図を広げ、シャイアはライアに遺跡までの道のりと周囲の状況を伝えた。 「明日にでも出発できるかしら?それとも・・・・」 「明日で構わないです。」 穏やかなライアの顔には冒険者としての本能が目覚めはじめていた。 銀色の波が東から差し始めた淡い光を受け、幾筋もの糸のように光り輝いていた。 「もうすぐ会えるわ、イアトラ・・・・」 『女神の欠片』と称される銀髪の占い師セレシュはゆっくりと自分と同じ顔をもつ相手に手を伸ばし、愛撫しようとする。しかし、その手はイアトラの頬に触れることはない。そう、セレシュの姿は幻。彼女はここには存在しない者。その身体は別の空間で存在しているのだ。イアトラはそんなセレシュの影を抱きしめるような仕草をした。 「あと少しで、運命がやってくる。その時こそ、わたしたちが一つになれる時。」 イアトラに抱かれたセレシュが微笑んだ。 「愛しいあの方・・・・やっと会えるのね。」 セレシュの影がイアトラから離れる。その影が徐々に薄くなっていった。 「あの方が今日ここに来るのは間違いない。そうすれば、すべての歯車が動き出す。」 夢みるような表情のまま消えていったセレシュの影のあった方向に向かって声をかけた。その言葉が聞こえていたかどうかは定かではないが。 ライアたちは日が完全に昇りきる前に遺跡の入り口までたどり着いていた。ここまで何度か大ガラスや一角ウサギ、スライムなどの怪物に出会ったが、シャイアとシャイラは一度も戦闘に加わっていない。すべて、ライアとロイセの2人によって倒されていた。しかし、ロイセは神官戦士であるから、攻撃補助や回復など直接戦闘には関わらないことが多く、ほとんどがライア1人で倒してきた、と言っても過言ではない。彼女の剣技は双子が思っていたほど悪くはなかった。少なくとも基礎訓練を十分に積んできた新米戦士の太刀筋であった。 「まだ、2人とも実戦経験があまりないみたいだね。」 シャイラが休息中のライア声をかけると彼女は正直にうなづいた。 「城の外にはあまり行ったことがなくて・・・・。」 「わたしも、アリアハンに来てからは個人で外に出たことはありません。」 ロイセはライアの傷を魔法で回復させ、彼女自身も休息している。 「なるほど、ね。でも、2人とも基本はしっかりしているから、これから経験を積めばどんどん強くなるはずよ。」 レーベの護り手としての経験がある分、双子はライアやロイセよりも先輩になるはずである。彼女たちはこの双子が旅の仲間になってくれることを心から喜んでいた。 4人の若い冒険者が遺跡に足を踏み入れてからしばらく経った。ひんやりとしていてその上、湿気を帯びた空気や黴のような臭いにもようやく慣れてきた頃、先頭を歩いていたライアが入り口から違う方向から吹く外気を感じとった。 「もう一つ、出口があるみたい!」 思わず外気の流れてくる方向に駆け出していた。そこには彼女の言う通り、入ってきたところとは違う場所にもう一つの出口がその口を地上に向けて開いていた。 「ライア、待って!」 シャイアが止める間もなく、ライアは地上への階段を上っていた。残りの3人もあわててそれに続く。 「もっと、慎重にならなくてはダメよ。」 ライアに忠告しながらも、シャイアたちも階段を駆け上ってきていた。今までのじめじめとした空気とはまったく違う、潮の香りのするさわやかな風。 「ここは・・・・!!」 ロイセが驚きの声を上げていた。ライアも同じように衝撃の表情を見せている。 「ナジミの塔・・・・!」 ナジミの塔とはアリアハン湾に浮かぶ小島にそびえ立つ塔のことである。かつて、こは灯台として使われていたが、船での交易が途絶えてしまった今では寄りつく人間もいない遺跡として放置されていた。 確か、遺跡の入り口はレーベのすぐ南にあったはず、それなのにここは、アリアハン湾。間違いなく、東の岸には見覚えのあるアリアハン城がうっすらと見える。 「いつの間に、これだけの距離を・・・・」 ライアは呆然と塔と海を見比べていた。そして、彼女は塔の中から人影が向かってくることに気付いた。短くそろえられた銀色の髪、彼女はその髪に見覚えがあった。 「久しぶり、ライア。」 「リージェ・・・・!?どうしてここに?」 ライアの幼なじみ、リージェ。小さい頃は一緒に遊んだこともあるが、数年前に突然行方が分からなくなっていたのだ。しかし、人間としては非常に珍しい銀色の美しい髪を彼女は忘れてはいなかった。 「この髪のせいよ。」 リージェは自らの髪の一房を玩び、言葉を続けた。 「銀は聖なる色。その色の髪を持つわたしが世間から疎まれた、という訳。」 「以前からここに?」 「ううん。ここにはたまたま立ち寄っただけよ。先生の部屋を片づけようとしていたの。」 シャイラの表情が素早く変わる。 「先生って・・・・ここに誰か住んでいたの?」 リージェは少し言葉を選んで、再び口を開いた。 「住んでいた、ということじゃないんだけど・・・・なんて言うのかな、一時的に生活していた、という感じね。」 「もしかして、その先生というのは、バコタのこと?」 ライアもシャイアが何を聞こうとしているのは分かっていた。この辺りでは知らない者のいない盗賊、鍵破りのバコタがこのナジミの塔を根城にしていたことは周知の事実である。既にバコタは囚われているが、これだけの腕を持つ盗賊に弟子がついていることは不思議なことではない。 「そういうことね。こんな姿だと盗賊ぐらいしか生活していく手がないから。」 でも、人を殺したりはしない。リージェはそう付け加えた。 「今では世界中の遺跡を回って、宝物を探すくらいね。人の家に踏み込んだりもたまにするけど、それは盗んでも痛くないような金持ちだけ。」 リージェは突然の訪問者を快く塔の一部屋に招き入れた。遺跡の中の一区画を部屋のように作り替えたその部屋はほとんど金目のものはなく、質素なものだった。彼女はまとめかけていた荷物の中から小さな包みを取り出し、ライアに手渡した。 「未来の勇者へ、世紀の大盗賊からの贈り物。」 驚きの表情のライアに悪戯っぽくリージェが微笑む。その包みを開くと小さな鉄の鍵があった。 「先生が鍵破りに使った鍵よ。」 「でも、これは・・・・。」 ライアが鍵を包み直して返えそうとするその手をリージェの両手が包み込む。 「もらって。古代の遺跡の扉でも使えるから。」 なぜ、これだけのことをしてくれるのか、ライアは分からなかった。