7 勇者の娘 一体、ロイセに何が起こったのか。 ベッドに横たわる彼女の体は動かず、見慣れた青い瞳は閉ざされたまま。 「外傷はないので命に別状はないと思いますが・・・・。」 「魔法で攻撃されたっていうこと?」 ライアは不安そうな表情を拭い去れないでいた。彼女は今まで魔法を使う敵と対峙したことがない。仲間に魔法が使えるのが神官戦士のロイセだけで魔術師がいないということもあるが、今まではあくまで攻撃の補助としての手段というイメージが強かったのだ。 「一体誰が襲ったのですか?」 若い神官は問い掛けたシャイアを直視しないまま答えた。 「カンタダです。彼はこの辺りの貴族や商人で被害に遭ったものはいないといわれている盗賊団の首領です。」 神官の答えはいま一つ歯切れが悪かった。彼の言葉は更に続く。 「ですが、いままでカンタダは人を襲ったりすることは決してなかった。しかも礼拝堂に踏み込むなんて、今までの彼からは考えられない・・・・。」 そんな神官の言葉を聞きながらライアは同じ盗賊であるリージェの言葉を思い浮かべていた。 「盗むのは金持ちからだけ。人を傷付けることは絶対にしない。」 今まで人を傷付けることのなかった者が救われるべき人々の集まる礼拝堂を襲うなんてことがあるのか、彼女にはとても信じられることではなかった。 「ロイセが回復するまでしばらくかかりそうね。」 「礼拝堂を襲うなんてなんて奴。魔物と同じじゃないか!」 双子は優しい神官戦士が突然襲われたことに驚き、そして怒りをあらわにしていた。ライアも驚いてはいたし、カンタダに対して怒りの感情もあったが、2人とは違う感情も持ちあわせていた。カンタダとは一体どんな人間なんだろう?ライアは噂の盗賊に対する興味がむくむくと湧いてくるのを感じていた。 「ライアさん、あなたにお客さんが来てますよ。」 宿に戻ったライアたちを迎えたのは主人の意外な一言だった。見ず知らずの土地で誰がわたしを待っているというの?彼女は疑問を抱かざるを得なかった。 「どんな人でした?」 「ロマリアの豪商の娘、ルディナさんですよ。なんでもお願いしたいことがあるとかで。」 商人がどうしてわたしなんかに用があるんだろう。主人の答えを聞くとライアはますます混乱してきそうだった。 ライアは双子には先に部屋に戻ってもらうよう言い、そのルディナという商人が待っているという別の部屋に足を運んだ。 「お待たせしてすみません。」 その部屋には思っていたよりも若い女性が座っていた。はっきりとした年齢が分かり難い、女性には非常に羨ましい容姿の持ち主で、ロマリア近辺ではあまり見かけない服装をしていた。 「いえ、こちらこそ。突然呼び出してしまってごめんなさい。」 女性はそう言ってライアに向かいの席をすすめた。 「わたしはルディナと申します。ロマリア王家付きの隊商を預かっているレブライト家の次期当主です。」 「ええ、宿屋の主人にも聞いています。わたしは・・・・」 そう言いかけたライアをルディナの言葉が遮った。 「よく知っておりますわ、勇者オルテガ様の忘れ形見、ライア様。」 ライアは少しばかり驚いていた。この人はわたしがどういう人間かを知った上で会いに来ているのだ、この人は一体わたしに何の用事が会って来たのだろうか、彼女はルディナに対して少しばかり警戒心を持った。 「オルテガ様の御息女ということを承知でお願いにあがりました。どうかお力をお貸しください。」 深々とルディナが首を垂れた。そして言葉を続ける。 「最近カンタダという盗賊がロマリア近辺を騒がせているというのは聞いたことがあると思いますが、先日取引先から預かった品物をカンタダに盗まれてしまったのです。わたしは昨日まで南のイシスで取り引きをしていまして、帰ってきてはじめて盗まれたことを知ったのです。この品物はロマリア王家とイシス王家を結ぶ重要なものでこれが無くなったと国王に知れればレブライト家はロマリアから追放、さらにこれが外交問題に発展すればロマリアとイシスが戦端を結ぶということにもなりかねません。どうか、カンタダから盗まれた品を取り戻して欲しいのです。」 あまりに突然の依頼にライアは少しばかり面食らっていた。しかも王家が関わっているとなると事は相当深刻である。 「あの・・・・取り戻す、と言ってもそれだけ有名な盗賊がそう簡単に捕まるとは思えないんですけれども・・・・。」 「ですからオルテガ様の血を引く勇者ライア様にお願いしているのです。カンタダはその昔悪名高き盗賊だったのですが、オルテガ様と出会ってから庶民の間ではでは義賊と呼ばれていますのよ。」 「だからと言ってどうしてわたしに、そんな重要な依頼をされるのですか?」 「あのカンタダもオルテガ様の言葉だけは従っているのですからきっとライア様が赴けば快く品物を返していただけるに決まってますわ。それにわたしはカンタダを捕まえて欲しいのではなくてただ品物を取り戻したいだけなのです。」 かなり自分勝手な意見を続けざまにぶつけられてライアは当惑していた。自分に人を説得できる器量があるなんて夢にも思っていない。しかし、目の前の相手はオルテガの娘なのだからできて当然、といった口調でまくしたてている。 わたしはお父さんとは違うのに・・・・ライアはこの相手に何て言って自分の意見を提示したらいいのか決め兼ねていた。しかし、それよりも前にルディナが口火を切った。 「もちろんお礼も十分用意いたしますし、カンタダの住処は周知の事実として知れ渡ってますからすぐに見つけることができますわ。それでも道が心配ということでしたらわたしがご一緒します、そうね、わたしもライア様と一緒に行きますわ。そうすればレブライト家の当主は勇者の仲間と宣伝して今よりも有名になりますし。」 ライアは完全に交渉の場数を多く踏んでいるルディナのペースにすっかりはめられた上、もともとものを頼まれると嫌とは言えない性格も災いしてとても断れる状態ではなくなってしまっていた。 「それで、依頼を受けたの?」 シャイラはあきれて物も言えない、といった様子だった。 「結局そのルディナって人に押しきられた、という訳だ。」 ライアはあわててかぶりを振った。 「それだけじゃない。カンタダという人間に会ってみたいの。」 義賊と呼ばれた人間がどうしてロイセを襲ったのか、それとオルテガに会ったというのは本当か。ライアはカンタダに会って確かめたいと思っていた。 「確かにオルテガ様の足取りが分かるなら、一概に無駄とは言えないかもしれないわね。」 ライアとシャイラのやり取りを黙って聞いていたシャイアが静かにつぶやいた。 オルテガの最後を知ること、それがライアたちの旅の目的なのだから。