8 それぞれの真実 (上) 彼は太陽だった。 人々の尊敬をその身に受けた勇者。 対する自分の存在は何なのか 人々の非難をその身に受ける盗賊か。 ロマリアから北、山間の盆地にカザーブと呼ばれる村落がある。ライアとシャイア・シャイラの双子、そしてロマリアの豪商ルディナの4人は3日と半日の時間をかけてようやく辿り着いていた。 彼女たちがカザーブに着いたときには日も暮れかけ、民家には暖かい生活の灯火が点り始める頃合いであった。彼女たち、特に双子はレーベとよく似た雰囲気のせいか思わず故郷を思い浮かべていた。 「懐かしいね・・・・。」 シャイラがふと言葉を漏らす。まだアリアハンを旅立って1ヶ月足らずの時間しか経ってはいないというのに随分と昔のことのような錯覚さえ感じるのはもしかしたらもう二度と故郷の土を踏むことはないのかもしれないという漠然とした不安のせいかもしれない。 ライアたちは静かな村の中心部に向かって歩いていった。たいていの場合、旅人向けの宿屋は入り口から中心部にのびる大通り沿いに、村人の集まる酒場は村の中心にある。今晩泊まる手ごろな宿屋を探しながら、ゆっくりと村を散策していた。 「盗賊の根城の近くにしては随分平和な雰囲気ね。」 「カンタダはカザーブの人々にとっては英雄なのですわ。」 都会育ちのルディナはこのような田舎の村はあまり好まないらしい。その場の空気に呑まれないようにか、神経質なほど周囲に注意を払っている。 「自らの手で富を得られない者のためにわたしたちの財産を奪って英雄を気取っている卑劣な男。」 今までよほどの被害に遭ったのかルディナは次から次へとカンタダに対する文句を吐き続けた。 「ここであまりカンタダの悪口を言うのは良くない、と思うんですけれど。」 ライアが村人の視線に恐れながらルディナに進言した。しかし、彼女にとってカンタダもカザーブという田舎の村の住民もそしてライアの忠告さえも今は気に入らないものだったのだ。 「ライア様!わたしは被害者なのですよ。被害者が加害者に文句を言うことが禁じられてまして!?」 「あ、そうではなくて、郷に入れば郷に従え、わざわざ今文句を言うことはないと・・・・。」 ルディナの怒りの矛先がライアに向かおうとしていた。確かに、文句を言ってはいけないということはないけれど、このままでは村人たちの視線が痛い。 シャイアがどうにかルディナの怒りを抑えながら4人は適当な宿に飛び込んでいった。 「あの商人、あんなに気が短いとは思わなかった!」 ルディナをシャイアに任せて、ライアとシャイラは村人たちに話を聞くべく再び村の中心部に向かって歩いていた。 「確かに、あの顔からはとても想像がつかない・・・・。」 一見するとその育ちのせいか、物静かなお嬢様、といった雰囲気を持つルディナであるが、実際はその容姿とはまったく違う性格を持っているようだった。 「どうりで、あの若さで王家付きの隊商を預かれるわけだ。」 あの気の強さとはっきりとした言葉を持っていれば納得できる。ライアもその言葉に何度もうなずいた。もしかしたら、自分はとんでもない人の依頼を受けてしまったのかもしれない。そんな不安が彼女の心を横切っていた。 「早くカンタダを説得してロマリアに帰らないと、こっちの身が持たなくなるかもね。」 シャイアが嘘とも本当ともつかないような言葉でライアに追い討ちをかける。 村の酒場は建物の割に人があまり入っていないようだった。シャイラは麦酒をライアは果実酒をそれぞれ頼み、世間話に興じる村人たちと言葉を交わした。 「わたしたち今日カザーブに着いたばかりなんだけど、なにか面白い話ある?」 「そうだなぁ、ここからずーっと北に行くとノアニールっていう村があったんだけど、どうもその村はエルフに呪われているらしいよ。」 「そうそう、ノアニールに一歩入るともう2度と生きて帰ることはできないって話だ。」 シャイラは麦酒を口にしながら村人の話を聞いていたが、あまり興味を持った様子はなかった。一方ライアは手に持ったグラスに口を触れる間もなく村人の話に聞き入っていた。 「エルフって、本当にいるんですか?」 真顔で問い掛ける。村人は声を上げて笑った。 「さぁ、オレは見たことはないけど、ノアニールの近くにはエルフの住む森かあるっていう言い伝えは昔からあるからなぁ。」 「ふぅん、エルフねぇ。わたしも子供のときはよく聞かされたな。」 シャイラにとっては呪われた街よりもエルフの存在のほうが信じがたいものらしい。彼女たちはひとしきりエルフの話題に付き合ったあと、本題であるカンタダについて聞くことにした。 「わたしたちさぁ、カンタダを探しているんだけど。一体どんな人なの?」 すっかり出来上がった村人は何の抵抗もなく話題の転換を受け入れた。 「カンタダさんはこの村の守り神よ。凶作のときはオレたちに作物を分けてくれるし、魔物に襲われそうになると助けてくれるし。」 「つまり、いい人なんだ。」 「いい人も悪い人も、あんなに出来た人はいないね。妹も幸せだろうよ。」 「妹?」 初めて聞く情報だった。カンタダが盗賊団を率いていることは聞いているが妹がいることは初耳だ。 「そうそう、これがすごい美人でね。あー、でもお姉ちゃんたちのほうがずっと美人だよ。」 顔の造りなどどうでも良かった。ライアはカンタダの妹についてもっと詳しく知りたかった。 「どんな人なんですか?」 「だから美人さんなんだよ。しかも魔法使いでね、滅法強いときたもんだ。」 村人の間ではかなりの評判の美人らしい。カンタダの妹の話題になると周囲の村人も乗ってきた。 「あんな美人がウチの店で働いてくれればなぁ。」 「オレなんか店に1個しかなかった特製の毒針をプレゼントしたよ。」 「なんだ、抜け駆けするなよ!」 できあがっている男たちに美人の話はいけなかった。シャイラはこれ以上得るものはないと判断してライアと宿に引き上げることにした。 ライアは酔いが残る体を覚ますため窓を開け、外の空気を取り入れていた。そして、カンタダとリージェを交互に思い浮かべていた。 この世界のすべての盗賊が同じ思想を持っているわけではないけれど、何かが引っかかる。カンタダはきっと完全な悪人ではないはず。そうライアは確信していた。自分の経験を呼び起こし、カンタダという人物像を探る。義賊と呼ばれた男がなぜロイセを襲ったのか。その時、2人の間に何が起こったのか。 「実際に会ってみないと・・・・。」 どんなに時間をかけても取り出せる答えはたった一つ。分かっていても考え込んでしまう。ライアは考えることを止めようとして視線を窓の外に投げた。いつの間にか霧が出始めていた。アリアハン育ちのライアにとって霧は珍しいものではない。水辺があれば霧が出ることは何の不思議もないからだ。 水辺? カザーブのどこに水辺があったというのか?この山間の村に霧が出るような水辺があっただろうか。 ライアは壁に立てかけておいた剣を手に取り、注意深く霧を探っていた。静かな夜。立ち込める霧。まとわりつくような湿気。このまま何事もなく過ぎ去ってしまいそうな時間だけが動きつづけている。 ライアは動かない。 この霧が一体何なのか。それを体で探ろうとしている。そして、ライアの耳が異変を捉えた。細い声が彼女の耳に届く。 果実酒の名残など瞬時に吹き飛んだ。誰かの悲鳴が確かに聞こえた。その事実にライアは深夜の村をその声だけを頼りに走り出していた。