「陛下、お客様が見えました。」 大きな扉が開き、国王であるヘンリーが背を向けて座っていた。 「何だ?急ぎの用か・・・・?」 「久しぶりだな、ヘンリー。8年ぶりか。」 国王である自分を何の敬称も無しに呼ぶその声には聞き覚えがあった。振り返るとそこには幼い頃幾多の苦難を共に乗り越えてきた親友、ケリンが立っていた。 「ケリン!」 ヘンリーは立ち上がり、駆け寄ってその手を取る。 「まさか、君がグランバニアの王子だったとはな。・・・・いや、今は国王陛下か。昔はとてもそうには見えなかったのにな・・・・。しかし、本当に、久しぶりだな。」 ヘンリーの側にいる王妃マリアも微笑んだ。 「お久しぶりです、ケリン様。『あのこと』があったとはいえ、お元気そうで何よりですわ。」 「お前はまだ若いが、オレたちははずいぶん老け込んだな。」 当時グランバニアの王子だったケリンは王位継承の後幼なじみのビアンカを妃に迎え、程なく双子を授かった。しかし、その直後王城が魔物の襲撃に遭い、王妃ビアンカは行方不明、そして彼女を追ったケリンも8年もの間石像と化したまま行方が分からなくなっていた。そして、ケリンと勇者の血を引く双子は依然行方の知れない彼女を探す旅を続けている。 「ビアンカさんと結婚してもう10年近く経つな・・・・。」 ヘンリーはそう言って、ケリンの後ろにいる双子に目を留めた。ケリンもその様子に気付き、双子をヘンリーの前に並ばせた。 「僕の、いや僕とビアンカの子供なんだ。」 少年のように少し照れながら、ケリンは双子に挨拶するよう言う。2人とも母親譲りの金の髪と父親と同じ意志の強い瞳を持っていた。 「ヘンリー様、グランバニアのケリンの息子、アクアです。」 短く切ってある髪と額に光る青い宝石。長い間持ち主のなかった伝説の冠がこの少年の小さな頭に誇らしげに鎮座している。 「はじめまして、ヘンリー様。アクアの双子の妹、マリンです。」 母同様に整った顔立ちの少女。肩で切り揃えた髪は長旅を続けてきたとは思えない程美しい黄金色。華奢な体には溢れんばかりの魔力が宿っているという。アクアもマリンもまだあどけない子供だが、生まれつき持った血のせいか勇者としての風格が見える。アクアは剣技、マリンは魔術の才能を高く評価されている。 「アクア、マリン、父さんはヘンリー王と話がある。お前たちは階下で遊んでいなさい。」 「それなら、コリンズを呼びましょうか、ケリン様。」 コリンズとはヘンリーとマリアの間に誕生した王子の名である。年の頃は双子と同じ位で、城内では父親にそっくりだと専らの評判であった。 「そうだな。子供は子供どうしのほうがいいだろう。」 マリアはコリンズを呼び、双子に城を案内するように言いつけた。 「コリンズ、アクアとマリンに城を案内してくれないか?」 ケリンが声をかけると悪戯っぽい瞳で2人を眺めていた。 「オレたちもこんなことがあったな。」 ふと、ヘンリーが幼い頃を思い出して苦笑した。 「よろしく、コリンズ。」 双子は階段を降りながらコリンズと仲良くしようと心がけた。しかし、彼の瞳の光は変わらない。なにか、よくないことを考えているのかしら、マリンはそっとアクアのマントを握り締めたが、アクアがそれに気付くことはなかった。 「まず、オレの部屋に行って『子分の印』を持ってきたら遊んでやるよ。」 子分、と聞いて明らかにアクアはむっとしていた。しかし、父の親友の息子であるコリンズとは仲良くしなくちゃ、という子供心が彼の感情の爆発を抑えていた。 「分かった。キミの部屋はどこ?」 「しょうがないな、部屋までは連れてってやるよ。」 2人の見えない火花にマリンははらはらしていた。どうして、仲良くするのにこんなことしなくちゃいけないの? コリンズは双子を彼の部屋まで連れて行き、そしてこう言った。 「この部屋の奥の宝箱に隠してあるからちゃんと持って来いよ。」 双子は迷わずその部屋に入っていき、『子分の印』を探しはじめた。広い部屋の隅々をくまなく探す。ベッドの下や、引き出しの中、窓の外側も覗いてみた。そして、しばらく探し続け、ついには隣の部屋まで足を伸ばしていた。 「多分、あの箱じゃない?」 マリンが部屋の角を指差す。そこには棚があり小さな小箱が一つ載っていた。アクアが駆け寄り、その箱に手を伸ばす。 「鍵がかかっているみたいだ。」 「無理矢理開けてもいいかしら?」 不安気な顔でマリンが箱とアクアを見比べる。 「構わないさ。開けてみなくちゃ分からないよ。」 そう言ってアクアは腰の短剣を取り出し、柄の部分で鍵を叩き壊そうとした。何度かぶつけた後、小箱の鍵が取れ、彼がその蓋に手をかけて中を確かめた。 「何も入っていない。」 その時、マリンは背後で何か物音がしたのを聞いたような気がした。ふと振り返り、それでも心配になってコリンズがいる場所へと戻ってみる。 「コリンズ?」 「マリン、どうしたの?」 アクアが空の小箱を元の場所に戻し、マリンの背中に呼びかける。 「アクア、コリンズがいなくなっちゃった。」 彼が最初の部屋を見ると確かにコリンズの姿がない。 「遅いから怒っちゃったのかしら・・・・どうしよう。」 「父さんたちの所に居るのかもしれない。戻ってみよう。」 双子は急いで父親たちがいる部屋を目指した。 「父さん!」 駆け込むように双子が飛び出して来たことにケリンたちはは驚いていた。 「どうした、コリンズと遊んでいたんじゃなかったのか?」 ケリンが不思議そうに尋ねる。確かに、この部屋にはコリンズはいないようだ。双子は今までの事の顛末を父親に話した。 「・・・・・と言う訳なんだ。」 「そう、部屋に戻ったらコリンズがいなかったの。」 双子は一生懸命、事の重大さを伝えようとしていた。しかし、ケリンは優しく微笑んでいるだけだった。 「『子分の印』か・・・・。」 ヘンリーがしまった、というような顔をしていたのを双子は知らない。 「父さん、コリンズがどこに行ったか分かる?」 「ああ、よく知っているよ。」 ケリンはヘンリーのほうに視線を向けた、彼はまた苦笑していた。 彼は双子にコリンズの部屋の場所を聞き、ただ、窓の下にある机をよけてみなさい、とだけ言った。なぜなら、コリンズの部屋は前の王子の部屋と何も変わってはいなかったからだ。 「机の下に何があるのかしら?」 コリンズの部屋で双子は窓の下の机を動かそうとした。机は想像以上に軽く、1人でも簡単に動かせる程の重さしかない。そして、その机の下には、小さな隠し扉があった。アクアが注意深くその扉に手をかけると、下に続く階段が延びていた。 「この下に、コリンズがいるのか?」 「コリンズー!」 薄暗い部屋はさほど広くなく、その奥に探していたコリンズの姿があった。 「なんだ、もうバレたのか。つまんない奴らだな。もうちょっとは遊べると思ったのに。」 そう言い放つコリンズにマリンが近づいた。 「よかった・・・・。」 ゆっくりと見上げるその奇麗な瞳が潤んでいた。コリンズは驚いてマリンから離れようとする。 「そんな、泣くほどのことじゃないだろ。」 「だって、急にいなくなるから・・・・。」 マリンの涙は止まらない。アクアがコリンズに冷たい視線を送る 。たとえ双子でもアクアはマリンの兄なのだから。ぽろぽろと大粒の涙をこぼし、涙声になりながらもマリンは一生懸命コリンズに言った。 「びっくりしたんだもの。お母さんみたいに、いなくなっちゃうと思って・・・・。」 「ほら、マリン。ちゃんと見つかったからいいじゃないか・・・・。」 アクアがマリンをどうにか泣き止ませようとしている。コリンズはその気まずい雰囲気にどうしていいか分からなかった。 「もう少しゆっくりしていってくださればいいのに・・・・。」 マリアが名残惜しそうにつぶやいた。 「あまりゆっくりもできないんです。ビアンカも待っていますから。」 「そうですわね。また来てくださいね。」 「ぜひ、今度はビアンカと一緒に・・・・。」 ケリンが夫妻に挨拶をしている間、双子は城門で父がやってくるのを待っていた。 「マリン!」 アクアが露骨に嫌な顔をする。マリンは声の主であるコリンズに近づく。 「どうしたの?コリンズ。」 コリンズは背中に何かを持っているようだ。しかし、彼の動作がどことなくぎこちない。 「オレ、マリンを泣かせちゃったから・・・・ごめんな。」 そう言って彼は持っていたものを差し出した。それは、緑色の帽子。虹孔雀の羽が一枚飾られている。それは、『風の帽子』と呼ばれる魔法の帽子だが、受け取ったマリンも渡したコリンズもそのことを知らない。 「マリン!何やってるんだ!?」 アクアがマリンに声をかける。マリンはアクアの方に目を向けた。 「今、行く!」 マリンはその帽子を自分の頭に載せて、コリンズの方に向き直り、にっこり微笑んだ。 「ありがとう、コリンズ。わたし、大切にするね。」 その微笑みにコリンズの胸が少しだけ高鳴っていたことに本人は気付いただろうか。