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[ 竜騎士の道 ]

その白い髪と豊かな髭を持つ老人は言った。
「そなたも愚かな判断をしたものだ。」
身体を覆い尽くす青いローブから覗くやせ細った手。それは彼の命の残り火が決して長く燃え続けるものではないことを雄弁に物語っている。
「確かに、時代の流れから見れば俺は愚かだったかもしれない。」
かつて愛しい妹たちと幸多き母国の将来について語り合ったことさえも打ち寄せる時間の波にさらわれて忘れかけていた。兄は妹たちよりも先に大人になる。彼の国がどのような版図の中に置かれているのかを兄妹の中で最初に知っていたのも、そして誰よりもその母国に誇りを持っていたのも彼である。
「ミネルバもマリアもそなたを愛し、慕っていた・・・・。」
天駆ける騎士を統べる国マケドニア。この国のほとんどの地域は起伏に富んだ地形によって良質な飛竜や天馬の産地として知られているが、それはまた、農業には全くといっていいほど適していないという言葉の裏返しでもあった。そして、不幸なことにその質素な生活ゆえアカネイアの民からは田舎者といわれのない迫害や差別を受けることもしばしばあった。マケドニアは決して豊かな国でも歴史のある国でもなかったが、その土地柄、彼らは飛竜や天馬を操ることに長けていた。代々の国王も飛竜を操る竜騎士であったこともあって、その国力とは裏腹に強力な騎士団を抱える軍事国家としての側面も持っていた。
「そして、そなたも妹たちを愛していたはず。」
燃える炎の髪を持つマケドニア王家の3兄妹。彼らはその武勇と美貌によって他国にも名を馳せていた。長兄ミシェイルは竜騎士団の長として、また一国の主として十分すぎるほどの実力と魅力を兼ね備えていたし、妹ミネルバも兄に劣らぬ実力で天馬に跨る白騎士団を束ね、戦場の女神と恐れられていた。それから、末妹マリアは兄たちとは違い、戦場を知らない物静かな王女であったが、心優しく優秀な神官として国民たちから慕われていた。
この3兄妹を擁するマケドニアの未来を誰が憂いていただろうか。
「だが、ミネルバは国を捨て、俺を裏切ったのだ。」
ミシェイルの顔が苦悩に歪む。老人が彼に向いていた視線を窓の外に向けた。
「それは違う。ミネルバは彼女自身の道を手に入れたのだよ。」
「道?」
「誰よりもマケドニアを思うそなたたちのこと、必ずその道は出会うはずであろう。」
それは現在の彼では理解しがたい答え。
その時、ひゅう、っと飛竜が嘶いた。ミシェイルに残された時間は少ない。彼は立ち上がり、老人に頭を下げた。
俺は『あの時』に自らの道を選んだのだ。
もう、妹たちと過ごした時間が戻ることはない。
裏切ったのは俺かもしれない。
マケドニア城に竜を駆る間、ミシェイルは先程の会話を思い浮かべていた。静かに語るあの老人の前では彼も子供の頃のように自分の気持ちを素直に表現することができた。その穏やかな表情を変えることなく、長い間マケドニア領土の片隅に住んでいるかの老人の名はガトー。ドルーアの暗黒司祭ガーネフ、アカネイアの大司祭ミロアに並ぶ3賢人の1人でもある。彼はアリティアの王子マルスをこの地で待っているのだった。
アリティアはドルーアと敵対する勢力である。現在マケドニアはそのドルーアと同盟関係にあるから、ミシェイルにとってマルスは敵対すべき存在になる。しかし、そのマルス王子の軍にはミシェイルの妹ミネルバと彼女が率いる白騎士団の一部、そしてマリアも参加しているのだ。
「ミネルバよ、俺は間違っていたのか・・・・?」
荒涼とした山岳地帯に広がるわが国マケドニア。この国に暮らす人々は本当に幸せだったのか。いや、後悔はすまい。選択のときはもう既に過ぎ去ってしまったのだから。

急激に力をつけ始めたドルーアと対等の立場で交渉するには、力のある国王が必要だった。ドルーアの力が膨れ上がらないうちにマケドニアは自らの行く末を決めなければならない。国を守るためには病に伏せている父王すらミシェイルにとって邪魔な存在でしかなかった。自分が国王になれば国は守り切れる、彼には自信があったのだ。
長い病との戦いの末、父は帰らぬ人となった。
国中の人間がそう信じたに違いない。そのくらい巧妙な暗殺。しかし、その死に疑問を抱く人物がいた。
「兄上・・・・もしや・・・・?」
それがミネルバだった。口には出していないが、恐らくマリアも父親の死の不自然さに気付いていただろう。今思えば、父の死を受け入れることのできない肉親としての心が、その死の真相を知る鍵になっていたのかもしれない。当然ミネルバはミシェイルにその真意を問うた。兄上は正気をなくしているのではないかとまで疑われた。心を失っての行為であったほうが彼女にとっては幸せだっただろうが、残念ながらこれは確固とした意志の元での行為であった。
「そのようなやり方には従えない!」
それが、今まで愛していた妹の離反の始まり。父を失い、その父を奪い国王となる兄。彼女は新しいマケドニアに未練を抱くことはなかった。しかし、彼女は憎むべき兄から離れることはできなかった。彼女を奮い立たせたのが肉親であったならば、彼女を祖国に縛り付けたのもまた、肉親であるマリアの存在。軍隊を率いることのできないマリアは戦火を避けるという大義のもとドルーアの領地に連れ去られていた。彼女は国王の妹という立場からマケドニアがドルーアに対して不利益な行動に出た場合のための人質、という存在としての利用価値を見出されてしまっていたのだ。
しかし、マケドニア領内が戦場となった今、滅ぼされた王国アリティアの最後の王子マルスの手によって囚われの王女マリアが解放され、それを知ったミネルバもマルスと共に戦う一人の戦士として進撃している。マケドニアの王女がアリティアに寝返ったという情報は住民だけでなく、軍隊にも動揺をもたらした。実際、ミネルバが率いていた白騎士団の一部が彼女と共にアリティアの旗印の下にいる。

王城を目前にしたミシェイルの前に飛竜を駆る一人の騎士が舞い降りた。その騎士がマケドニアの紋章の入った兜に手を掛ける。燃えるような赤い髪。ミシェイルは自分と同じ色の髪を持つ竜騎士をよく知っていた。
「お久しぶりです、兄上。」
竜に跨り戦場に舞い降りた戦いの女神ミネルバ。彼女の顔に再会を懐かしむ表情は微塵もない。それはミシェイルも同様だった。
「俺はマケドニアの民を侵略者の手から守る。」
同じ職人の手によって生み出された二本の長槍がお互いの持ち主を狙い澄ます。それが長く哀しい戦いの始まりでもあった。

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