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[ 1 プロローグ ]
[ 2 子連れの女子高生 ]

俺は彼女が嫌いだった。
子供の頃から比べられ「お隣の詩織ちゃんは・・・・。」と言われるのが嫌だった。
クラスの奴等に「オレも藤崎の隣に住みたいぜ。」とからかわれるのも気に入らなかった。
運の悪いことに俺の隣人、藤崎詩織はそこそこの美人で成績も優秀という最悪の女。
俺だって隣に住んでなかったら一度は付き合ってみたいと思うが、毎日の生活で常に干渉されるのはたくさんだ。俺は俺、あいつはあいつ。住んでる次元が違うんだ。比べられるのもからかわれるのも気分がいいものじゃない。
だが、今日からは違う。
今日は「ご近所」の束縛から開放される日。通いなれた近所の学校を卒業し、隣町の煌(きらめき)高校での新しい生活が始まる。また、詩織と同じ学校というのが気に入らないが、一番近い進学校だから仕方が無い。
新しい制服、新しい靴、新しい鞄。私立の高校は頭から爪先まで学校指定で埋め尽くされる。ご多分にもれずうちの高校も何から何まで新調した。まぁ、俺が金を出すわけじゃないから構わないが。
新しいものは何故か気持ちを引き締める効果があるらしい。俺もさすがに今日は少しばかり緊張する。まだ見ぬ環境に対する期待と不安が頭をかすめてすぐに消え去った。聞きなれた声が俺を現実に呼び戻す。
「和浩くん、一緒に学校に行きましょうよ!」
詩織だ。どうしてわざわざ俺を呼びに来るんだ?確かに俺はお前と同じ高校だが、一緒に行ってやる義理はないぞ。
「和浩、寝てるの!詩織ちゃんが迎えに来たわよ!」
今度は母さんの声。どうやら俺が降りざるを得ない状態に仕立て上げたらしい。俺は俺で好きにさせてくれ。
「いい子ぶりやがって、嫌な女。」
俺は階段を降りながら本人に聞こえない様に毒づくほか無かった。

早乙女 好雄

入学式と言うのは、一体誰のためにあるのか。俺は式の最中そんな事を考えていた。つまらないオトナたちの有り難いオハナシとやらが延々と続き、拷問とも思える式典から開放されたのは3時間も後のことだった。
新入生のクラスが発表され、それぞれが自分のクラスに入っていく。俺も例外ではない。
窓際で後ろの方の席を確保し、どんな人間がいるのかを観察する。
さすがに、進学校と言われるだけあって地味で真面目そうな顔が多い。それほど酷い奴も少ないが、はっと目を引くような美人もいない。
「隣、いいかい?」
声の主は俺の返事を待たずに隣に座った。
「俺は西中から来た早乙女好雄。」
「俺は青山和浩。隣町のの三条中出身。」
「名字で呼ばれるのは慣れてないから好雄でいいよ。よろしくな。」
「俺も名前で呼んでくれ。」
好雄はさっきの入学式がどうだとか受験の話とか取り留めも無いことを次々と話しかけてくる。もともと話すのが好きな奴らしく、話題の数は豊富なようだった。ただ、俺の興味を引くような話題はなかったが。
「和浩はどうしてこの高校を選んだんだ?」
「俺?近いから、かな。」
別に高校がどこかなんて俺の中ではたいした問題じゃない。理由なんて無かった。高校は他にも何校か受かっていたし、その中でたまたま評判が良かったのが煌高校だったというだけだ。
「俺はさ、煌高校には美人が多い、って聞いたから選んだんだ。」
「美人が多い?そうか?10人並みばっかりじゃん。」
俺の返事は好雄には納得が行かなかったらしい。彼はポケットから小さなメモ帳を取り出して言った。
「俺の調査によると、入学式の時点で評判が高かった美人が2人いる。」
1人はE組の鏡、そしてもう一人はC組、つまり俺達のクラスの藤崎、と好雄は声を抑えて言う。
「藤崎?藤崎詩織のことか?」
「知ってるのか?」
「知ってるも何も、俺の隣に住んでる女だよ。」
「どんな女の子?詳しく教えてくれよ。」
「たいして面白い女じゃないぜ。まぁ、10人並みよりも上くらいの顔かな。」
「趣味とかスリーサイズは?」
「そんなの知るか。俺が測ったわけじゃない。」
趣味はともかくスリーサイズを知っているというのはどうかと思うが。好雄はこと細かく俺に質問し、その答えを几帳面にメモしていった。
「和浩くん、今日一緒に帰らない?」
噂をすれば影。詩織が俺達の前に現れた。
「こいつが藤崎詩織だ。」
俺は親切にも好雄にそっと教えてやる。
「あ、君が詩織ちゃん。噂どおりカワイイね。俺は早乙女好雄っていうんだ。これからよろしくね。」
「ええ、よろしくね。」
好雄は俺にした質問を直接彼女に投げかけた。詩織はそれにきちんと答える。しばらく2人で言葉を交わして好雄は席から離れた。
「俺、鏡さんのチェックに行くから、また明日な。」
俺1人が詩織の前に残された。嫌な感じだ。
「ねぇ、一緒に帰ろう?」
「友達いるだろ。」
「だって、帰り道が違うんだもん。和浩くんとなら道間違えないし。」
「俺も道忘れた。」
「そんな事ないでしょ、冗談言って。校門で待ってるね。」
一方的に約束を押し付けて、詩織は再び別の人間のほうに向かっていった。
それから間もなく、俺達の担任だという教師が現れ、「充実した学校生活のために」という冊子を配り、とても充実しそうにない学校生活のノウハウを伝授していた。
詩織は頼みもしないのに校門で俺を待ち、家までの時間に「伝説の樹」とかいう根拠の無い噂を一生懸命俺に説明し、一人でその目を輝かせていた。
「永遠に愛し合えるって素敵でしょ?」
「こんな地味な学校の女たちと永遠を共にするぐらいなら死んだほうがマシだ。」
「もう、夢が無いのね。」
夢がありすぎる奴が近くにいるからだ、という言葉が喉まで出掛かったがやめた。
俺も夢の一つくらいあってもいいかもな、そう思ったからだ。

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