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鏡 魅羅

入学式の日に好雄が言った通り、詩織は俺達のクラスだけでなく、他のクラスや上級生からも注目を浴びる存在となっていた。絶世の美人という顔立ちではないが、彼女独特のの存在感が人目を引いているに違いない。
そして、もう一人好雄曰く「チェック済み」の生徒がいた。
E組の鏡 魅羅。
詩織とは全く対照的な魅力を持つ彼女もまた、周囲の男子生徒に圧倒的な支持を受けていた。
しかし、鏡が詩織と違っていたのはその支持層の違いであった。詩織は比較的女子生徒にも人気があったが、鏡は女子生徒からはあまり良く思われていないようだった。
「綺麗な薔薇には棘がある、ってやつだろうな。」
確かに鏡は美人であった。その容姿の美しさは誰もが認めるところだろう。俺も学校で鏡を何度か見かけたことがある。いつも取り巻き、というか昔で言うところの「親衛隊」といったような男子生徒が彼女を取り囲んでいるのだ。とても一般の生徒が近づけるような雰囲気ではない。このような状態では彼女の性格が良くても悪くても親しくなろうと思う女子生徒は少ないはず。
しかし、彼女のそんな姿は学校での仮初めのものであったことを俺は間もなく知ることになる。

2 子連れの女子高生

5月の連休が終わり、学校にも慣れ、俺は授業を程よく放棄するタイミングを覚え始めていた。この教師は比較的出席が甘い、とかこの教師は抜打ちで小テストをやるといった特徴を知ることで、効率の良い授業態度を取ることができる。正直、1日中学校で真面目に机に向かっていることは苦痛の他ならない。
この日も俺は好雄を誘って授業を抜け出していた。
「和浩って頭いいよな。」
「単に要領がいいだけだよ。楽に生きることだけ考えているから。」
とりあえず俺達は昼時が近いこともあってまず大通り沿いのハンバーガー店に足を運んだ。別に美味しい訳ではないが、単なるエネルギー効率と財布の様子を考えるとどうしてもこういうファーストフード系になってしまう。俺達はハンバーガーとポテトにジュースのセットを注文し、窓際の席に陣取った。店は買い物中の主婦よりも、学校を自主休講した学生の姿が目立っている。
好雄はポテトをつまみながら肌身離さず持ち歩いているメモ帳を取り出した。
「また気になる女のコでも見つけたか?」
ポテトを口にしながら好雄が会心の笑みを見せる。
「ああ、先週の体育の時間、いいカンジのコがいたんだ。」
「ふーん。どんなコ?」
クラッシュアイスがたくさん入ったジュースのボトルを軽く振りながら俺が問いかける。重さと音から察するとまだ十分な量のジュースが残っているはずだ。
「それがさ・・・・・」
その時、聞き慣れた電子音がポケットから鳴り出した。俺は好雄に一言断って、その音の元を取り出す。携帯電話の液晶には詩織のPHS番号が点滅していた。
「面倒だな・・・・。」
携帯を操作して留守電モードにする。これで俺は電話に出る必要はない。本当に用事があるなら留守電に吹き込むはずだ。それを後から聞けばいい。どうせ、あいつのことだから真面目に授業を受けろとかなんとか言うに違いないだろうから。
「悪い。で、どんなコなんだ?」
「水泳部期待の新人らしくって、あんまり授業には出てないんだけど、清川 望って聞いたことあるだろ。俺も体育会系だったから最初はノーチェックでさ。」
「名前だけなら。確か中学の時も記録を持ってたってことは聞いたことあるぜ。想像以上のコ、だった訳か。」
「その通り。きりっとした雰囲気がかなりいいカンジだよ。」
そして好雄は再びメモ帳に目を落とした。俺は残り僅かになったハンバーガーを口に押し込み、店内の客を眺めていた。レジには何人かが列を作っていて、その列の中から5歳くらいの子供が落ち着きなく歩き回っていた。何気なくその子供に視線をやっていると、子供もそれに気がついてこちらに向かってくる。
「ポテト〜。」
どうやらお腹が空いているらしい。自分の順番さえ待ちきれずに俺のポテトに手を伸ばす。別にジャガイモの揚げたのなんてたいしたモノじゃないし、結構かわいらしい顔をした子供だったので、つい、ポテトをつかんで渡してあげようとした。
「光!こっちで並んでなさい!!」
母親らしい女性の声がレジの方からした。俺は声の方向を振り返ることなく、光という名前らしい子供の顔を正面から見据えてできるだけ優しく諭した。
「ほら、お母さんが呼んでるよ。」
きょとんとした表情で俺を見返す。言葉の足りない子供にコミュニケーションを取ろうとする俺に好雄が驚いた声をあげた。
「おい、和浩。鏡さんがいるぜ。」
小さな頭をなでながら俺が好雄の言う方向を見ると、制服さえ着ていないが、間違いなく鏡がレジに並んでいた。しかも俺達のいる方向を見ている。
さらに、彼女はこんな言葉さえ口にしたのだ。
「光、お兄ちゃん達の邪魔をしてはだめよ。こっちで並んでなさい。」

「正直、この年で子連れとはな・・・・。」
「ごめんなさい。光が迷惑をかけてしまって。」
光はなついてしまったらしく、俺の側を離れようとはしない。俺達は鏡と同席する幸運を得た。好雄が頻繁に鏡に声を掛けているということで向こうも全く他人という扱いをしているわけではないらしい。
「嬉しいなぁ。鏡さんと一緒になるなんて。学校では絶対ありえないもんな。」
「そうね。いつもは私が一人でいることなんて滅多にないから。」
俺は好雄が一生懸命に話題を作ろうとしている姿を尻目に、光の相手をしていた。姉貴に良く似た顔立ちだが、姉貴とは違い、子供だけあって表情も豊かだった。実際、好雄と会話をしている鏡の顔は綺麗ではあったが、強く感情が出ている様子もなく、無表情に近いものだった。
再び俺のポケットの携帯電話が鳴り始めた。さっき留守電にしていたことを覚えてはいたが、俺は何故か電話に出ようという気持ちになっていた。
「はい。」
「和浩くん?今どこにいるの。」
「大通りのハンバーガー屋。」
「次の時間数学でしょ。隣のクラスが前の時間テストしたっていうの。多分わたしたちのクラスでもやるわよ。学校に戻ってきた方がいいんじゃない?」
「マジで?やばいな。分かった、すぐに戻る。」
俺は電話を切って、歓談中の好雄に声を掛けた。
「好雄、次の数学テストらしいぞ。帰ろうぜ。」
好雄は明らかに残念そうな顔をしていた。鏡は制服を着ていないということは今日は欠席扱いなのだろう。学校に行く必要はない。
「それじゃ、鏡さん。これ俺の携帯番号だから、何かあったら掛けてね。」
去り際に好雄は自分の携帯電話の番号を走り書きして鏡に手渡し、俺は光に手を振ってハンバーガー店を後にした。

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