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3 意外なラブコール

「正直言って驚いたわ・・・・。」
顔にかかった髪をかき上げながら彼女は言った。俺はその言葉に答えず、ただ何もなかったかのように自分のペースで歩いていく。彼女は構わず話し出す。
「私の前ではこれ、なのにねぇ。」
楽しそうに笑う彼女の顔に冷たさはない。その表情は彼女を一層魅力的にしていた。その微笑みとは遠くかけ離れた表情のまま吐き出すように言葉を返す。
「興味がないからだろ。」
初めて会った時、彼女は幼い弟と一緒だった。偶然とはいえ、幸か不幸か俺たちはいつも隠しているお互いの本当の姿を最初に見せ合ってしまったのだ。姉としての彼女と、子供好きの顔を持つ俺。仮にいつもの姿だったら決して惹かれ合うことはなかったはず。
これでも子供好きなんだから良いじゃないか。
「あぁいうのは、見せたくないんだ。」
その位分からないのか。普通そうだろ?
「お前だってそうじゃないか、学校では全然そんな素振りも見せないくせに。」
「私は家庭とか家族とかを思わせない雰囲気の方が似合うの。その方が私に合ってるし。」
「自分自身を演出しているとでも言いたいのか?」
「まぁ、そんなところね。」
自信ありげな彼女の顔はやっぱり魅力的で、そんな彼女の表情と本心を知っている俺は、その演出にあっさり騙される人間につい同情してしまっていた。

それが、初めて出会った日から1週間位経った頃だった。そして次の日、俺は予想を遙かに上回る周囲の反応に驚くことになる。

最初に事の真偽を問いただしたのは好雄ではなく、詩織だった。入学式以降別々の時間に家を出ていたのだが、この日は家の前で「出待ち」をしていたらしい。
「ねぇ、ねぇ!鏡さんと付き合ってるって本当!?」
朝イチでこう言われるとは流石に予想できなかった。
「別に、付き合ってる訳じゃ無いけどな。」
少なくとも今のお前よりは興味がある人間だ。という言葉を付け加えようとしたが止めた。2人を比較してもそれは詮無きこと。
「でも、昨日一緒に帰ったんでしょ?」
そこまでは真実。でも、どうして一緒に帰ると付き合ったことになるんだ?そうしたら俺と好雄はすっかりデキていることになるじゃないか。
そこまでの会話だけでもうんざりするのに、これから一日中、何度と無くいろんな人間に同じ事を聞かれると思うと、気が滅入ってくる。 最も面倒な男が好雄だ。あいつは基本的にイイ奴だが、女が絡むと話は別だ。今回のことだって俺に鏡と何を話したかとか、どこを通って帰ったとか、しょーもない事を次々と聞いて来るに違いない。詩織の問いかけは何とかやり過ごすことができたが、好雄はそう簡単には逃がしてくれないだろう・・・・。
面倒だな、と思いながら学校の敷地に入ると・・・・やっぱり、いた。
「よぉ、和浩!!聞いたぜ、鏡さんと付き合ってるんだってな。」
ここにも俺より先に間違った情報が届いている。
「ドコまでいったんだよ、なぁ、教えてくれよ。」
お前は一体何歳なんだ?今時そんなコト聞く奴いるかよ。
「お前が期待していたようなことは何もない。俺は鏡と付き合っているつもりもない。」
「まぁ、みんな最初はそう言うものさ。ある程度落ち着いてさ、ちゃんと話せるようになったら、本当の事を教えてくれよ。」
俺の答えを正しく解釈しないまま、好雄は「鏡さんサイドの様子を見てくる」と言い残して先に校舎の中へ走って行った。そして残された俺に声を掛けてくる人間がもう一人いた。
「新学期早々この騒ぎをどうするつもりかい、青山和浩くん。」
この学校の生徒で彼の事を知らないものはいない。声の主は伊集院レイ。私立煌高校理事長の孫にして、戦前の伊集院財閥から転じたi(アイ)グループ本社役員の一人息子でもある。この煌高校はまさに伊集院レイのために作られた教育機関。そこでは常に彼が話題の中心でなければならない筈だった。
「僕はこういった低俗な話題は苦手でね、早く何とかしてくれないか?」
虎の威を借る狐、俺は伊集院を見るたびにその言葉が頭に浮かぶ。他人の力を自分の力だと勘違いしている小さい人間。入学式で見たときから嫌いだった。教師達はあいつの機嫌を損ねないように細心の注意を払っているらしいし、生徒の中にも彼の後ろにある莫大な影響力のおこぼれに預かろうと下心丸出しで彼に近づいている。彼の周囲は俺にとって大人の世界の醜い部分をミニチュア化したそのものに見える。
「確かに、俺もこんな話題に振り回されるのは本意じゃない。」
俺はそんなつまらない威光にビビったりはしない。
「だが、低俗という言葉は訂正して欲しいね。その言葉は不愉快だ。」
おそらく、自分に楯突く人間は珍しいのだろう。一瞬、伊集院の表情が強張った。
「それは申し訳ないことをした。以後気を付けることにするよ。」
それこそ「不愉快」極まりないと言うような表情。俺が彼の言葉に訂正を求めたのが余程気に入らなかったらしい。
これが伊集院レイとの直接交わした初めての言葉だった。

鏡魅羅との交際疑惑に続いて、今朝の伊集院レイとのやりとりのお陰で、俺を取り巻く環境は随分と慌ただしいものになってしまった。長くて疲れる一日がようやく終わろうとしていた。最後の授業を終え、好雄が俺に声を掛けてきた。
「あの時、和浩と一緒にいれば良かったよ。伊集院にあんなこと言える奴はそうはいないもんな。」
好雄が残念そうに言う。彼もどうやら伊集院レイがあまり好きではないらしい。
「言いたいことがあるなら、好雄もハッキリ言えばいいだろ。」
「それはそうなんだけどさ・・・・。」
会話の途中で好雄の視線が廊下の方向に集中する。
「どうした?」
俺もつられて彼の凝視する方向に目を向けて、その存在を確かめた。そしてその存在に対してそれほど驚きの感情が沸いてこなかった、ということは俺の中で予想していたことだったのだろう。にわかにざわめき始めた教室を出て、好雄の視線の先にいる鏡に声を掛ける。彼女は周囲の反応など全く意に介さない様子だった。
「今日一緒に帰らない?」
明日も大変だな、と意識の片隅で思いながらも、俺に断る理由は無かった。しかし、俺には明日の心配よりも、今は鏡に対する興味が強かった。確かに、その興味は恋愛感情とは少しばかり異なっていたかも知れないが。どちらにせよ、これで俺と鏡が付き合っているという噂はより現実味を帯びてきた、と言うことになるだろう。
俺は彼女に先に外で待っていてもらうよう告げ、再び教室に戻り帰宅の準備を始めた俺に、好雄が興奮した面持ちで訪ねてくる。
「今日も一緒かよ。いいよなぁ。」
「一緒に行くか?」
もちろんそれは本心からの言葉ではないが。
「いいよ。2人の邪魔はできないからな。」
「悪いな。」
好雄を教室に残し、俺は鏡が待っている正門通りに向かう。通り過ぎる生徒の視線を浴びながら、鏡は並木の入り口にいた。
「明日も大変そうね。」
まるで他人事のように言う。
「私は慣れてるわ。むしろ、今の方が楽ね。」
「俺はいい迷惑だけどな。」
振り向く彼女の表情が豊かになった気がする。今までの美人というイメージとは違った雰囲気が彼女を取り囲んでいた。
「それはごめんなさいね。でも、私と噂になるのって不満かしら?」
取り巻きにチヤホヤされていた今までの経験が彼女に自身を与えているのか。自身に満ち、自分のペースで物事を運んでいる彼女。確かに俺は鏡に惹かれている。だが、それは好意とかそういう感情とは別だ。俺はそんなに簡単に扱うことはできない。

その誘いは突然だった。
「興味あるのよね、青山君のこと。今度の日曜日、どこか行かない?」

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