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4 人魚との再会

鏡と約束した日の前日、俺は走り込みをした。高校に入ってからも軽いウェイトトレーニングはしていたが、実際に全身を動かすことは久しぶりだった。さすがに5kmも走ると酷使した両足が相当鈍っているのが分かる。しかし、それ以上に体を動かしたという快感の方が大きかった。
十分な距離を走り、家に帰る前に俺は何となく近所の公園に立ち寄っていた。
「青山君?」
俺の名を呼ぶの声はショートカットのいかにも運動しています、といった面持ちの女子生徒だった。そして、俺は彼女を知っている。
「清川・・・・?」
最新の好雄のチェックによると高校に入ってからも水泳を続けてるらしい。彼女は初めて会ったときと変わらない雰囲気を持っていた。
「ここで会うのは久しぶりだね。噂は聞いてるよ。」
「お前もその話かよ・・・・。」
今週だけで何度その話題を持ちかけられたことか。
「ゴメン、もう散々聞かれてるか。」
彼女の言葉には嫌味な感じがしない。それは彼女の持つ快活な性格のためかも知れないが、俺はそんな清川の話しぶりが嫌いではなかった。むしろ女子の中では話しやすい存在と感じていた。
清川望。中学の頃からの友人である高橋の元彼女。高橋も俺と同じサッカー部で何故か女子生徒に人気があった。ひときわ容姿が優れている訳でもなく、成績も真ん中へんでこれといって特徴は無い。その人気の理由は彼のポジションにあったのではないかと今になって思う。サッカーをよく知らない人間はゲームを見る際、大抵ストライカーの動きを追うことが多い。高橋のポジションははフォワード、しかもお約束とばかりに背番号は10番。これで目立たない筈がない。
高橋と清川の出会いは知らないが、分かれた原因は俺も聞いていた。高橋は清川とも交際をしながら複数の女子生徒にも手を出していた。それが本人の知るところとなり・・・・現在に至るという訳だ。付き合っている時に紹介された縁もあって、何度か相談を受けたこともあったが、どう考えても高橋が全面的に悪い。結局そんな高橋に愛想を尽かした、という感じで2人の関係は終わった。
とりあえず、昔の話になると風向きによっては俺に火の粉が降りそうな様子だったので、別の話題にした方が得策と考えた俺は現在の彼女自身について聞くことにした。
「高校はやっぱり違うか?」
その他に俺が清川について知っていることは、彼女が相当有名な水泳の選手らしい、ということ位だ。たしか、中学の時関東大会まで出場していたと聞いたことがある。
「もちろん。今まで以上に技術が必要だよ。」
そして、彼女は俺と同じ煌高校に入学し、周囲の期待通りに水泳部に籍を置いている。以前から俺が自主トレをしていた頃はよく彼女と出会っていた。その華やかな成績の影にある努力を俺は僅かではあったが知っている。
「そうか、でもお前って相当頑張る人間だからな。」
「そうかな?」
「よくその細い体にあれだけの力があると思うぜ。」
彼女のように小さい体は水泳に向いているらしい。その細い体は水泳には有利な筈なのに、彼女はその体格にコンプレックスを抱いていた。
「でも、小さいだけだよ。胸もないし・・・・。」
「確かに。」
思わずその言葉に相づちを打ってしまった俺は、その後彼女の怒りを買うことになる。
「そんなハッキリ認めないでよ。」
彼女は俺が事実を認めてしまったことで少しばかりショックを受けているようだった。この辺の反応を見るとやっぱり清川も女なんだなぁと感じてしまう。別に胸が大きいからすべてが許される訳じゃ無いだろうに。
「デカけりゃ何かと不便だろ。だったら今のままで良いじゃないか。」
彼女の反応を受けてそのまま慰めるのも何だか可哀相だったので、ちょっと意地悪っぽくフォローしてみる。
「そんな言い方は酷いなぁ。」
そう言いながらも彼女に傷ついた様子は無かった。まぁ、全く知らない人間同士という訳でもないし、多少気心が知れている間柄と言えないわけでもない。
それから俺は清川と他愛もない話題で言葉を交わし、昔と同じように別れた。

「変わってないな・・・・青山君。」
彼の去っていった方向を見つめながら、思わず呟いていた。

翌日、俺は鏡と約束した場所に時間通りに着いていた。ああいうタイプは大抵時間にルーズなんだろうな・・・・等と考えている間に鏡の姿が見えた。思っていた以上に早く現れたので多少驚き、更に彼女の服装にも驚いた。
正直言って、鏡の私服はケバいかと思っていた。だが、以前弟と一緒に会ったときの服装を思い出し、自分の認識が間違っていたことに気づく。今日の彼女の服装はプレーンなデザインのワンピースに薄手のカーディガンを合わせている。やや丈の短いそのワンピースから覗くすらりとした足には花のモチーフにスパンコールがあしらわれたミュール。化粧も気になるほど濃くはない。
「遅れてごめんなさいね。」
「いや、想像以上に早くて驚いた。」
「ああ、私みたいなタイプって何故か常識が欠けていると思われているらしいわね。青山君もそう思っていたんだ。」
否定はしない。
「まぁ、いいわ。それじゃ、買い物にでも行きましょ。」
一緒に歩き出して間もなく、すっと俺の腕が取られ、鏡が腕を組もうとした。その動作に驚く俺の表情を見て鏡が笑う。
「だって、デートでしょ。腕ぐらい組まないと。」
本気でやっているのか冗談なのか、俺は鏡の真意を掴み欠けていた。少なくとも鏡は俺に多少とはいえ好意を抱いているということなのか?隣で歩く彼女は楽しそうだ。鏡は様子を伺う俺の視線に気付き、にっこり微笑んだ。やっぱり、こういう雰囲気だと、周りからは付き合っているように見えるよな、俺は柄にもなく周囲の視線を意識していた。
今日は最初から鏡のペースで事が進みそうだ。不安とも心配とも言えないような感情が俺の中に沸き上がってくるのを感じていた。

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