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11 眠らない街 その街に夜は来ない。 闇という帳が本性を隠し、 星という鏡が欲望を写し、 月という力が理性を奪う。 その街は眠らない。 アリアハンやロマリアの宮廷音楽とはまったく違う幻想的な音楽が微かに耳に入る。深夜と呼べる時間だというのにまるで夕方の市場を思わせるだけの住民たちが往来していた。特に祭りとかである様子はない。 「ここはこういう街なのよ。昼も夜もないわ。」 ロマリアの豪商レブライト家の隊商を率いるルディナは砂漠の大国イシスとの交易のため、何度かここアッサラームに立ち寄ったことがあるだけに落ち着いていた。彼女の隊商と共にライアたちもイシスに向かう途中である。今度の旅にはロイセも一緒だ。 オルテガが命を落としたと言われる死の大地はイシスの南に広がっている。『義賊』カンタダ曰く、四方を険しい岩山で閉ざされている死の大地に繋がる唯一の入り口がそこにあるという。そして幸運なことに無事盗まれた積荷を取り戻したルディナもイシスに向かうということで、ライアたちもその隊商に同行させてもらうことになったのだった。 明日から2日の間、休息を取ることになった一行はこれから向かう砂漠への旅に備えるために買い物に出かけることになった。そして、ライアたちは他の街とは明らかに違うという違和感を感じていたのだ。 「夜がない街、とは言い得て妙ね。」 シャイアが感心しながら周囲を見まわす。太陽が出ていない分、光量が少ないということを除けば、アッサラームの市中は今まで立ち寄った他の街の昼間の光景とよく似ていた。唯一異なる点といえば、享楽的な空気に空気に包まれていることだった。通常ならば市街地には決して見かけることのない人々がここでは当たり前のように姿を現していた。踊り子や客引きといった職業に後ろ暗いイメージがないのだろうか、それともこの街を包む闇は全ての人間に平等な世界を与えるのか、それは訪れたばかりのライアたちには知る由もなかった。 「こんな街だけど、思ったより治安は悪くないのよ。」 「確かに、街全体がスラムという感じゃないね。」 ルディナに食事でもと連れ出されたライアとロイセ、そしてシャイラとシャイアの5人は、音楽が流れてくる方向に足を進めていた。シャイラはこの街に興味を惹かれたらしいが、ロイセは逆にその性格が災いしてか居心地の悪そうな表情を浮かべていた。そして、ライアもどちらかというとロイセに近い心理状態だった。 「今まで、こういう所来たことなかった?」 困った表情の2人にルディナが問いかける。2人はそれぞれの間を置いて頷く。その答えに軽く微笑み、言葉を繋ぐ。 「まぁ、他の町で育った人は、普通の生活してたらあまり関わりがないか。特にロイセは温室育ちみたいなものだからね。」 「修道院育ちで、こういう世界に詳しいのも困るよ。」 シャイラがさらに付け加える。欲望をを抑えることこそ美徳とする修道院の生活で育ち、なおかつ暫く前まではアリアハンの神官戦士として王宮に仕えていたロイセにとっては、それこそ「未知との遭遇」といった感じであった。 「ここよ。ここがアッサラームで一番有名なお店なんじゃないかしら。」 ルディナがひときわ大きな建物を示す。既に店の者も彼女の顔を知っているらしく、陽気に話しかけてくる。 「やぁ、レブライトのお嬢さん。今日はお食事ですか?」 「ええ。いつものよりちょっと弾むから、いいものを出してね。」 「そちらのお嬢さん方は?」 「アリアハンから来た冒険者さんたち。若いけれど腕は確かよ。なんて言ったってあのカンタダから家の荷物を取り戻してくれたんだから。」 「そりゃあたいしたもんですねぇ。」 一通りの世間話をしながらライアたちは店の中に通され、1つのテーブルを占拠した。間もなく、冷えた果実水や軽い麦酒、魚料理が並ぶ。彼女たちの食事が始まって暫くした頃、店内の明かりが落ち、店内の客がざわめき始めた。 「何か始まるのかな?」 ライアが店内を見まわすと、一番奥から踊り子たちが飛び出してくるのが見えた。 「ベリー・ダンスよ。ここの名物なの。」 別に今日はダンスを見に誘ったわけじゃないけれどね。と、ルディナが意味深なことを言う。しかし、ダンスが始まり、踊り子たちの衣裳や腕に付けられた鈴が鳴り響いたことで、ライアはその言葉を完全に聞き取ることができなかった。 シャンシャンシャン・・・・・鈴が揺れ、店内に僅かに残された明かりがその鈴を照らし出す。小さな煌きと、紗でできたような光沢のある衣裳の光の波、踊り子たちの褐色の肌。全てがライアに異国というものをを感じさせていた。しばらく踊りが続いている間、数いる踊り子の中にいて、ひときわ目を引く踊り子がいることに気づいた。何故なら、彼女は他の踊り子とは違い、その手に砂漠地方特有の大きく湾曲した剣を持っていたのだ。 「ジーニアに挑む戦士は誰ぞ!」 その一声で、店内のざわめきが嘘のように静まり返る。その客の反応がジーニアという踊り子の実力を物語っていた。 「面白そうね。」 ライアの近くで声がした。良く手入れされた長剣を鞘から抜き、その切先を天空に向けた。 「シャイア!」 「唯の余興よ。たまにはちゃんとした剣術を使いたいじゃない。」 ロイセが咎めたが、意に介する様子も無く、シャイアは奥のステージに上がっていった。店内の照明も先刻のそれになり、ジーニア以外の踊り子たちは奥に戻っていった。 「私はアリアハンの戦士シャイア。」 「あたしはここの踊り子ジーニア。今日あなたに勝てば5連勝よ。」 2本の剣が交差し、乾いた金属音が一度だけした。それが、勝負の始まり。大ぶりの剣のジーニアは積極的に攻め、シャイアは無駄のない動きで彼女の攻撃を防ぐ。激しい勝負の割には、静かな戦いが繰り広げられている。シャイアはジーニアの攻撃を「止める」のではなく「受け流し」ているのだ。ライアは改めて彼女の技量に感心していた。攻撃は最大の防御、とは良く言うが、彼女の戦い方はまるで防御さえも攻撃の一つなのではないかと思えるような動きであった。決して、攻勢ではないシャイラであったが、相手の攻撃を受け流すことで、焦りを生み出そうとしているのだ。彼女は物理的な攻撃ではなく、精神的な攻撃においてはむしろ攻勢なのかもしれない。2人の女戦士は時には重なり、時には離れ、まるで一種の踊りのようにさえ見せていた。 それは一瞬のことだった。 次の瞬間には、曲刀がジーニアの背後に落ちていた。ほとんどの客はその瞬間何が起こったか見極めることはできなかっただろう。僅かな攻撃の隙を突き、シャイアはジーニアの剣を弾き返したのだった。 「勝負あり!」 呆然としているのは客だけではなかった。ジーニア本人も現状を完全に把握しきってはいない様子だった。ただ、分かっていることは自分の手にあった剣が今は無い、ただそれだけだった。 |
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