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14 熱砂の王国 再び砂漠へと戻ってきたライアたちはアッサラームには戻らず、さらに内陸にあるイシスを目指していた。無限の広がりを思わせる砂の海は全ての命を貪欲に吸い取ろうとしているのか、侵入者の足を取り、その旅をより苦しいものにしている。 最初のころは多少の言葉を交わしていた彼女たちも、体力の消耗に伴い、再びその口は重く閉ざされがちになっていった。そして、言葉が少なくなるにつれ、それぞれの想いが渦を巻いたように彼女たちの意識を取り込んでゆく。 「なぜ、戦わない!」 シャイアの中には激しい怒りを露わにして詰め寄ったライアの表情が何度も浮かんでは消えていた。ネクロゴンドの魔女−彼女は自身をレイサと呼んだ−と戦うことなく退いた双子の判断にライアは共感できなかったのだ。 護り手とは戦うためではなく、文字通り守る為に戦う戦士。若き護り手は冷静に戦況を鑑み、退く判断を下した。 しかし、ライアはそんな賢明な決断が不満だった。 勇者は名誉と使命のために戦う戦士。その称号は志半ばにして命を落とした父オルテガに与えられ、そして、彼の後継者たるライアに委ねられようとしているもの。彼女にとって戦うこともなく簡単に退くという行為はとても名誉とは言えない行動だった。 「わたしは戦いたかった・・・・!」 苦しそうに言葉を繋ぐライアの顔には屈辱の表情さえ浮かんでいた。しかし、シャイアには持つ今までの魔物を遥かに超える威圧感と美しく整ったその容姿に秘められた強大な魔力を持つ魔女レイサに脅威を感じていた。 魔力の有無、優劣は本人の資質によるところが多く、どんなに厳しい訓練を受けてもその口に力ある言霊を乗せることのできない人間も少なくない。そんな魔力を得たものと得られないものの格差が魔術師への畏怖の念を強め、魔力を手にできない存在であるシャイアにとってネクロゴンドの魔女は脅威の存在以外の何者でもなかった。 「まだライアは本当の恐怖を知らないから、そんなことが言えるのよ・・・。」 何度その言葉を口にしようとしたか。シャイアはその言葉を発することなく、沈黙を守り続けていた。 イシスは砂漠の果てにある楽園と呼ばれている。美貌の女王の治める都市は巨大なオアシスの周囲に広がっている。その巨大さゆえ、街はまるで蜃気楼のように遙か彼方から臨むことができる。 ライアたちはイシスの王城の近くにある宿に部屋を借り、まずは体中にまとわりつく砂を洗い流した。鎧や装備品を外すたび砂がこぼれ落ち、衣類も全てベージュ色かと見紛うくらい細かい砂に覆われていた。 「とにかく身体を洗いたい!」 シャイラが先頭を切って何日ぶりかの水浴びを始める。ライア、シャイアもそれに続く。しかし、ロイセだけは直接水には浸からず、丁寧に身体を拭くに留まった。ロイセの肌は強烈な日差しを浴びたため赤く腫れ上がり、とても水浴びができる状態ではなかったのだ。 水浴びを終え、新調した衣類と、磨きなおした武具を再び身につけた頃には、まるで生まれ変わったかのような生き生きとした表情になっていた。 「やっぱり、毎日水浴びができないのは気持ち悪い!」 しばらくは砂の感触を忘れられる、それだけでも笑みがこぼれそうだった。過酷な旅を続けているとはいえ、彼女たちもうら若き乙女。絹のドレスで着飾ることはできなくとも、やはりできるだけ綺麗な姿でいたいと願うこころは同じ年頃の女性と何ら変わることはない。 「これなら、誰に会っても恥ずかしくないわね。」 「もうあの砂埃は当分ゴメンだわ。」 ライアたちは意気揚々とイシス城に向かった。しかし、そこにはある意味で彼女たちを打ちのめす出来事が待ちかまえていた・・・・。 「あなたたち、砂漠を越えていらしたのね?」 城内に入ってすぐ、ライアたちは城に仕える侍女たちに囲まれていた。 「お気の毒に、鼻の頭の皮が剥けかかっていてよ。」 「あなたは肌が赤く腫れ上がっているじゃないの。」 「折角の長い髪が枝毛だらけで台無しだわ。」 草原育ちのライアたちにとって、水浴びだけで十分だと思っていた身だしなみだが、ここ砂漠の王国ではまったく通用しないらしい。折角の勇者がこれでは女王にお目通りできぬ、と再び浴場に連れて行かれることになってしまった。 「一体どうしてこんなになるまで放っておいたの?」 ロイセの赤く晴れた手足にゼリー状のものを刷り込みながら、侍女の一人が言った。彼女が持っているものはこの近辺でよく生えている植物の葉肉を薬草と混ぜ合わせた薬で、日差しを浴びすぎて赤く痛んだ肌を冷やしながら癒してくれるという。 また、別の侍女はシャイアの髪に油のようなものを馴染ませていた。 「こんな基本的なお手入れもできないなんて・・・・。」 小1時間もの間、砂漠の乙女たちに隅々まで念入りに磨き上げられた草原の冒険者たちは浴場での長い闘いを終え、ようやく女王の間へ通されることとなった。 「女王様の美貌を汚さぬよう、くれぐれもご注意くださいまし。」 最後にそう言い聞かされ、王城の奥の間へと足を踏み入れる。鏡のように磨かれた石の床に朱色の絨毯がまっすぐに伸びていた。そして、その先には玉座。 「遠い南の大陸よりようこそ我がイシスにいらっしゃいました。あなたがたのことは既にアリアハン王より伺っております。」 程良く太陽の恵みを受けた黄金色の肌に漆黒の髪を持つ女性。よく通った鼻筋と形のよい唇、そして何よりも印象的なのは髪の色と同じ漆黒の大きな瞳。民からは美貌の女王と称えられ、慕われているイシスの統治者。 「噂に違わぬ美貌・・・・。お目通り叶ったことを感謝いたします。」 ライアが静かに頭を下げる。女王はそっと目を伏せ、言葉を返した。 「皆がそう言ってわたくしを褒め称える。しかし、ひとときの美しさが一体何になるでしょう。ライア、あなたが必要なものも姿の美しさではなく、道標ではありませんか。」 かの者をここへ、女王は傍にいた侍女に声を掛ける。 「やっと遭えましたね。精霊に祝福されし勇者、ライア。」 流れる銀色の髪はリージェよりも透明で、本当に透けてしまいそうだった。イシスの女王とはまったく違う異質の美を持つ女性・・・・いや、正確には女性の姿をした「何か」がそこにいた。 「ル・・・ビス・・・・?」 まるで吐息のように細く、周囲の者に聞こえるだけの音量ではなかったが、無意識のうちにライアの口から一つの言葉が漏れていた。 「わたくしはセレシュ。女神の欠片の一人にして、運命の波動に潜む者。」 一片の空気を動かすことなく、セレシュと名乗る「何か」はライアにゆっくりと近づく。ライアの後ろに控えていたロイセや双子たちは自ずとその身を固くしていたが、ライアは自然な姿のまま、彼女をじっと見つめていた。 「ネクロゴンドの魔女に会いましたね。彼女は魔王に力を与えられ、運命の波動を切り裂く者。あなたの行く手を遮る壁となる存在です。しかし・・・・。」 セレシュは一旦言葉を切り、ライアの瞳を凝視して再び口を開いた。 「今のあなたにはその壁を越えることはできません。」 色素の薄いセレシュの瞳をまっすぐに見据え、ライアが問いかけた。 「魔王とは一体何なのですか!?」 絡まり合う視線を解き放ち、セレシュは玉座を振り返った。 「その答えはわたくしが。」 砂漠の王国の主は、苦悩の表情を浮かべて語り始めた。イシスの遙か南、高山の連なるその先にネクロゴンドという王国があった。土地は肥沃で緑溢れる恵まれた領土を持つ大国として知られていたが、もともと国王が閉鎖的な魔法使いでもあったため、他国との交流は少なく国内事情の多くは謎に包まれていた。 他国からは優れた魔法使いを有していたことから魔法王国ネクロゴンド、また精霊の祭壇を奉っていたことから聖王国ネクロゴンドと呼ばれ、独特の文化と進んだ技術で栄華を誇っていた。 「その大国ネクロゴンドは僅か数日で滅んだのです。」 大地震と共に現れた魔王の手によってネクロゴンド王家は滅び、土地は荒廃した。人々は消え、それと引き替えに無数の魔物が現れ始めた。 「魔王の名はバラモス。しかし、人々の多くはその名すらも知ることなく倒れていったのでしょう。そして魔王バラモスはネクロゴンドを滅ぼすだけの力を持ちながら、その他の国にはほとんど手を出さず、今まで不気味な沈黙を守り続けているのです。」 「その間、あなたのお父上であるオルテガがバラモス征討に向かったという話とその後はライアも聞いているでしょう。そして、もう既にあなた自身の旅の目的についても気付き始めてるのではなくて?」 女王から繋いだ言葉をセレシュが繋ぎ、そしてライアに封書を手渡した。それは双子がライアと出会う直前に見たものと同じ、獅子の紋章で封印された封書。 「陛下の・・・・。」 封を開き、そこにはたった1枚の紙が入っていた。 −アリアハン国王の名において、オルテガの娘ライアに魔王バラモス征討を命ずる− |
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