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9 それぞれの真実(中)

たった一瞬だけ彼女の耳に届いた声だけを頼りにライアは霧の中を走っていた。剣は鞘に入っているが、すぐにでも抜けるようにその柄に右手を添えている。静かな村にルディナから譲り受けた鋼鉄の剣の金属音だけが響く。
声の主を探しながら、村の出口付近に差し掛かったとき、ライアの目の前が閃光に包まれた。
「『ギラ』の炎よりも大きい・・・・!『ベギラマ』?」
『ベギラマ』はライアがようやく使いこなせるようになった閃光と炎の攻撃呪文『ギラ』の上位にあたる。それは魔法の初学者にはとても制御しきれない魔力を使う呪文。
かなりのレベルの魔法使いがこの近くで戦っている。一見平和そうなこの村には不似合いな存在。これがカンタダの妹?
疑問は尽きない。
ほどなく暗闇に光るものがライアの目でも確認できた。耳障りな羽音には聞き覚えがある。この一帯の難敵、麻痺毒をもつキラービーの集団が小柄な人影に集まっている。その人影は氷の呪文『ヒャド』や炎の呪文『メラ』を繰り出して応戦している。キラービーたちは何故か人影に襲いかかろうとはしているがどうも様子がおかしい。どうも攻めあぐねている感さえもする。
ライアは足元の枝を拾い集め、岩と岩の間に挟み込んだ。そして剣を抜いてからその枝に『メラ』の呪文を放つ。辺りに光が放たれ、人影もキラービーたちも光の方向に意識が向かう。逆光の位置からライアは切り込み、浮き足立つキラービーの集団の数を確実に減らしていった。人影も敵ではないと判断し、魔物に向かって次々と魔法を放つ。
しかし、キラービーの数が減るにつれて魔法使いの攻撃が鈍くなっていることにライアは気付いていた。残りわずかになった敵を片付け、彼女は人影に近寄る。いつのまにか枝の炎も尽き、キラービーの羽音も絶えて、静かな暗闇が2人を包み込んでいた。
「怪我は?」
「麻痺毒に・・・・。」
それは、女性の声だった。魔法使いの手はもう既に麻痺毒が回り始めているらしく、思うようには動かないらしい。それでも彼女はゆっくりと腰の辺りを探っていた。
「今、満月草を。」
「大丈夫よ、これがあるから。」
彼女は魔物を倒した後に残る大粒の宝石を取り出した。そして両の手で宝石を包み込み、小さく何かをつぶやく。
「・・・・『キアリク』。」
ライアは信じられないものを目の当たりにしていた。魔法使いが使う呪文とロイセのような聖職者が使う呪文の両方を1人の人間が使っている。それは世界中でも数少ない『賢者』と呼ばれる人々だけに許される技能。現にライアは魔法使いの呪文のほんの一部だけ、ロイセは厳しい修行を積みながらも聖職者の呪文しか使うことはできない。もちろんシャイラやシャイアは魔法を使うことさえできない。現在でも魔法を使う人間がそれほど珍しい訳ではないが、2つの相異なる性質の魔法の能力を共に宿すという存在は半ば伝説化されている。
「あなた・・・・賢者なの?」
声が少し上ずっているのが自分でも分かっていた。ライアの驚きはそれだけ大きかったのだから。
「違うわ。あたしは魔法使い。ただし、付与魔術師だけどね。」
「付与、魔術師・・・・。」
魔法使いの中でもごくまれに魔力を発動するだけではなく、物体に魔力を封印することのできる者がいる。実際、武具の中にも魔力の封印されているものがある。能力がない者でも振りかざせば魔法が発動するような『魔道師の杖』などはその一種だ。彼女は他人の魔力を宝石に封印することができるという。
「ただし、ひとつの宝石に1回しか使うことは出来ないの。一度使えば、ほら、この通りよ。」
そう言って彼女は手のひらを開いて見せた。先ほどの宝石はすっかり輝きを失っていて、宝石としての価値はほとんど無くなってしまっている。
「さっきの霧も、『マヌーサ』だったの?」
そう。魔法の霧があれば数で不利でも切り抜けることができるから。そう言って、魔法使いは立ち上がり、ライアに礼を述べた。
「助けてくれてありがとう。あたしはリアン。カザーブの西に住んでいるの。あなたは?」
「わたしはアリアハンから来たライア。カザーブにはカンタダという盗賊を追って来たの。」
「アリアハン?もしかして、オルテガ様を知っている?」
「オルテガはわたしの父だけど、どうして?」
リアンはライアの手を取り、恭しく口付けた。
「あなたがオルテガ様の忘れ形見!カンタダはあたしの兄貴です、よかったらこれから会いませんか?」
意外なほどの幸運にライアは先刻以上に驚いていた。しかし、カンタダに会える好機をみすみす逃がすほど彼女は愚かでもなかった。
リアンが言うにはカンタダと彼が率いる盗賊団はカザーブから丸1日西に行ったところにある古代の遺跡シャンパーニの塔を住処としているという。ライアは簡単な書き置きを宿に残し、単身カンタダの元に赴くことにした。
「罠だとは思わないの?」
道中リアンがライアに問いかけたが、ライアは笑ってこう答えた。
「カンタダとあなたを信じたいから。それに・・・・」
ライアが言葉を続ける。
「仲間と一緒にいると余計に話がややこしくなりそうで。」
リアンは声を上げて笑った。
「そうね、あたしたちに良い感情を持ってない人も多いからね。」

シャンパーニの塔は遺跡と呼ばれているものとしては十分整備されているようだった。実際に多くの人間が出入りするという理由もあるだろうが、現在でも住居として使っても不便の無い建物であるように感じる。広さがある割には1本道なので少ない人数でも守り易い。ライアにもロマリアの豪商たちがカンタダに手を焼いていて、なおかつ盗まれたもののほとんどを取り戻すことができない理由が分かるような気がする。
「誰だってあたしたちがここにいることは分かってるのよ。ただ、攻められないだけでね。」
自信たっぷりの様子でリアンが言う。2人は途中盗賊団の者と思われる人間と何度かすれ違ったが、さすがに首領の妹ともなれば誰も彼女の客人を呼び止めたり問いただしたりはしない。塔に入って何度か階段を上って、外に広がる風景が随分と広範囲になってきたと感じ始めた頃、今までの様子とは場違いなほど頑丈そうな扉が目の前に立ちはだかった。
「ちょっとここで待っててね。」
リアンはそう言って扉に近づき小さな声で何かをつぶやいている様子だった。ほどなく扉が開き、部屋の中には何人かの戦士らしい風貌の男たちがいた。
「あたしの客人だ。兄貴に用がある。」
「カンタダさんなら階上にいるはずだぜ。」
戦士の一人がライアをじろじろと見る。ライアはその視線に負けること無くゆっくりと部屋を見回した。
「ライア、上に行くよ。」
リアンは扉を再び閉め、部屋を横切り、更にその奥にある階段を上っていった。ライアもそれに続く。
「兄貴!兄貴に会いたいって言うお嬢様をお連れしたよ!!」
階段を上りきったライアが見たのは覆面をした大男だった。
「リアンよ、俺はお嬢様に知り合いなんかいねぇ。」
「はン、どこの誰かも知らねぇ癖に何いってるんだい。この方はあのオルテガ様の忘れ形見、ライアさんだよ。」
覆面から覗く瞳の色が変わったことをライアは容易に確認できた。それほどカンタダは驚いていたのだ。カンタダはその身体からは想像もできないくらい素早く立ち上がりライアに近づいた。そして彼女の顔をまじまじと見る。
「確かにオルテガ様に良く似てるわ。目つきとかがそっくりだよ。本当にアリアハンのオルテガの娘さんなのかい?」
「はい。父はアリアハンの戦士オルテガ、母はエレーナです。」
「やっぱりそうか。大きくなったんだなぁ。俺も年を取るはずだ。」
覆面の奥の瞳が細くなっているのが分かる。ライアはここに来た目的とロマリアでの出来事について話した。
「レブライト家の荷物は子分どもに探させるとして、あんたの仲間が襲われたのはおそらく・・・・」
そう言ってカンタダはリアンの方に向いた。リアンは気まずそうに笑っている。
「多分あいつのせいだよ。聞いてみたらどうだ?」
「ごめんね、どうしても聖職者の魔法が欲しかったんだ。」
リアンはそう言って道具袋を取り出した。そこにはたくさんの宝石が入っている。リアンにとって宝石は第2の魔力でもある。これらに輝きがある、ということはそれぞれの宝石に魔法が封印されているということだろう。
「ライアの仲間とは知らなかったんだ。ただ、いつもよりも随分レベルの高い神官だったんでどうしても欲しい魔法があって・・・・・でも、怪我とかそういうんじゃないから寝てれば2、3日で元の元気に戻るはずだよ。」
「だからって気を失うまでやることはねぇだろうに。酷い魔法使いだよ。」
「ちょっと加減を間違っただけだ!本気でやろうとしたわけじゃないよ。」
リアンが慌てて弁解する。ライアはカンタダの悪意ではなかったことに何故か安心していた。
「頭、レブライトの荷物が見つかりました!」
階下から声がした。
「ライア、荷物は確かに俺達が持っている。だが、これをはいどうぞと渡したんじゃあ俺達の顔が丸潰れよ。それでだ、おれと勝負をして勝ったときは荷物を送り返してやる。」
「負けたら?」
「お前をカザーブに送り返してやるよ。荷物が欲しけりゃまたここまで勝負に来るんだな。」
ライアにとってこれ以上の条件はない。負けても失うものは何も無いのだから。
「分かった。」
「いい目だ。本当にオルテガそっくりだよ。」
カンタダはそう言って壁に掛けてあった斧を手に取った。ライアは剣に手を伸ばす。
「リアン、誰にも手を出させるな。」
「頼まれたって出さないから安心しな。」
部屋は急に静まり返り、剣を抜く静かな金属音だけが響きわたる。
「行くぞっ!!」
斧を一度床に打ち付けたのを合図に、カンタダが飛び出してきた。斧が空を切る音がする。抜き身の剣で牽制しながらライアは直撃を避ける。さすがにこれだけの体格差があるときは正面から受けるのは文字通りの自殺行為だ。今度はライアが剣を構え直し、カンタダの懐めがけて鋭い突きを入れる。カンタダは大きな斧でその突きを払った。力とスピードがぶつかり合い、幾度と無くけたたましい金属音を鳴らす。かなりの時間緊張が周囲を支配し、ただそれぞれの武器のぶつかり合う金属音と、気合の声、そして2人の戦士の息づかいがその場にいる者たちの聴覚を激しく刺激していた。
ライアはさすがに呼吸が乱れ初めていた。倍近く体格の違う相手とこれだけ長い間剣を交えるのは彼女にとっても初めての経験だった。カンタダの一撃は重く、まともに受けたら彼女の力では防ぎきれない。その自己防衛機能がライア自身に思い切った攻撃をさせないでいた。しかし、このままでは自分の体力が持たないだろう。
肉を切らせて骨を断つ・・・・か?
それはあまりにも危険な賭け。間合いを間違えれば無防備なままカンタダの懐に飛び込むことになる。考えている間にもカンタダの斧が真上から振り下ろされる。ライアは鋼鉄の剣を真横に構え、それを受ける体勢になった。
鍛えられた武器どうしが小さな火花を散らし、その時ライアはカンタダの懐で彼に背中を向けていた。次の瞬間、彼女の姿勢がぐっと低くなり、床に手を付き素早く回転した。
カンタダは攻撃してすぐに後ろに下がり、十分な間合いを取ろうとしていた。後ろ向きに進もうという彼の身体はライアの鋭い足払いを受け一瞬にしてそのバランスを崩した。ライアはこの隙を逃さなかった。すぐに身体を起こし、彼の目の前に剣の切先を向けた。
「勝負、ありましたね。」
その呼吸に合わせてライアの肩が揺れていた。
「剣しか使えねぇと思ったら、武術もできるとはな。油断したよ。」
カンタダは斧から手を放し、ゆっくりと立ち上がった。ライアも剣を収め、その身体が不自然に折れ曲がった。
「ライア!?」
「心配要らないぜ、ちょっと気を失っているだけだ。」
リアンがライアに駆け寄る。カンタダが倒れ込んだ彼女を抱き起こし豪快に笑った。深夜のカザーブからシャンパーニの塔までずっと眠らずに来た上、さらにカンタダと勝負する羽目になったライアは疲労の限界を超えていた。勝負がついたことで彼女の緊張が急激に解き放たれ、いままで抑えていた睡魔が彼女に襲いかかったのだ。
「さすがオルテガの娘だ、ただの戦士じゃないな。」
カンタダの腕の中で細い身体の勇者は寝息をたて始めていた。

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